豆の山

クールなハゲと美女愛好家。家事育児パートに疲弊しつつ時の過ぎゆくままなる日々雑感をだらだら書いています。ナナメな王家ファン。

 武田 頼政「Gファイル―長嶋茂雄と黒衣の参謀」

Gファイル―長嶋茂雄と黒衣の参謀私は悲しいかな野球というスポーツに全く興味がない。身近に野球が好きな人がいなかったせいかもしれないし、学生時代すでに高校野球にも幻滅していたせいかもしれない。WBCの時の熱狂にもついていけなかったし、新聞を賑わすアメリカの大リーグ情報の氾濫ぶりも同じ。確かに、個々の野球人には時折魅かれるひともいる。だが集団スポーツとしての野球には、特に昨今の日本のプロ野球の行く末がどうなろうと、正直知ったことではないとすら思ったりする。
なのに、このノンフィクションは睡眠時間を削って読みふけってしまった。最近何か面白い本よんだ〜?と聞かれると、真っ先にこれを挙げている。何しろ読者がG党でもアンチG党でも関係なく巻き込んでしまう熱気がある。それはここに活写されて人物たちがあまりにも人間臭く、なかでも短い個々の人物評が的確で、彼らの長所短所を含めてまるで私の目の前にそのシーンを現出させるような見事な書きっぷりだったからかもしれない。
これを読んであれってもう十年も昔になるんだと驚いてしまったのが、長嶋監督率いる読売ジャイアンツが二度の日本一に輝いた年のこと。あの当時の熱狂ぶりときたら、野球に関係なく日々を送っていた私にすら、なかなかすごいことが起こっているように思われた。94年の「メークミラクル」、そして96年の「メークドラマ」という、それってどーなのよ的なベタな呼称もアリかなと思わせるくらいに。あの躍進の影に、長嶋監督が懐刀と頼った一人の参謀がいたという。その人物の名は河田弘道。当時、マスコミはおろか、チーム内でも限られたひとしか彼の存在はしらなかったらしい。1947年生まれの彼は、スポーツ科学者であり、そして米国流スポーツマネージメントに精通したスペシャリストである。西武グループの総帥堤義明に仕え、西武ライオンズの裏方としても活躍した経歴ももつ人物だ。93年秋に河田氏が憧れの英雄である長嶋茂雄の招請を容れて読売ジャイアンツという巨大組織の一大改革に挑み、そして97年に、まさにその英雄に裏切られる形で袂を分かつまでの四年、彼が連日長嶋監督宅に送った詳細なFAX報告を元にしたノンフィクション・ドキュメントが本書である。

このごろよく考えてしまう。
人は自分を超えたものを求め続け、様々なものに夢を仮託する。その切ない願いが、時に「英雄」を生み出すのかもしれない。けれど、そういう願いって本当は無いほうがいいんじゃないだろうか。どこかの劇作家が言ったという、英雄が居ない世界が不幸なのか、いや英雄を希求してしまう世界が不幸なのだ、いう言葉があるそうだ。

この人となら一緒に理想にたどり着けるかもしれない、という夢を砕かれたとき、失敗だったと潔く認め次なる仲間を探すべきなのか、そもそも勝手に夢を他人に賭けてしまった愚を恥じるべきなのか。私たちはとりあえず夢のカタチを実現すべきなのか、それとも夢見た人と滅びるほうが幸せなのか。
合理主義者とロマンチストが相反するものとは、私は思わない。ロマンを解しない人とは話したくないが(笑)、ロマンに溺れるひとは始末に終えない。
で、私もそのひとりなのだ。きっと。