豆の山

クールなハゲと美女愛好家。家事育児パートに疲弊しつつ時の過ぎゆくままなる日々雑感をだらだら書いています。ナナメな王家ファン。

映画「女帝 エンペラー」

The Banquet監督:ホウ・シャオガン
出演:チャン・ツィイー グォ・ヨウ 
ダニエル・ウー ジョウ・シュン
2006年中国・香港映画 上映時間2時間11分
原題:The banquet⇒公式サイト
【鑑賞メモ】
ハムレット」の舞台を中国・唐王朝滅亡後の五代十国時代の宮廷に移した翻案劇。王妃ガートルードのポジションである皇后役に若いチャン・ツィイーを持ってきたせいか、ハムレットの役どころである皇太子ウールアンと皇后ワンは元々愛し合っていたのだが、ワンが恋人の父である皇帝に望まれて妃となったことでその恋は成就しなかった、という背景に変えられていた。そして、失意の皇太子が辺境の領地に閉じこもって舞楽に耽溺する日々を送るうち、皇帝は弟に毒殺されてしまう。夫を失った皇后は、かつての恋人であり今は義理の息子となった皇太子を守るため、皇弟との再婚を承諾。彼女は再び皇后の位につく。密かに皇太子を葬ろうとする新皇帝と父の復讐を果そうとする皇太子、二人の男の間で策動する皇后の微笑は、裏切りと偽りをまとっていよいよ艶やに輝き、ついには彼女のなかに野心が芽吹く。皇太子と彼を一途に慕う宰相の娘の恋は悲劇の様相を呈し、ついに宿命の宴の幕が上がる――てなかんじの、豪華絢爛な復讐絵巻といった映画だった。
原題は「夜宴」というので、どちらかといえばこっちのほうが映画の雰囲気をあらわしているように思う。芸術家の皇太子が愛唱する越人の歌の歌詞とか、叔父の前で演じさせた父帝の死を暗示する人形芝居、あるいは歌舞の達人である皇太子自身も奇妙な仮面をつけて舞ったりと、有名な場面のアジア風のアレンジがとても印象に残った。どっしりした中華風王朝衣装も、王宮の室内セットも「舞台劇」っぽく、女性陣の髪の結い方とか簪の飾り方なども、目に楽しくてよろし。
チャン・ツィイーという女優さんを観るたびに私はヘンな感心をしてしまうのだけど、勝気さを剥き出しにしたあの目、あのむっとしたへの字の口元。なのにあんなに愛らしいって得だよなぁ。今回、彼女は昔の恋人への恋情を二番目の夫に悟られぬよう笑顔の下に押し殺しつつ、皇太子のそして自分の復讐が遂げられるように謀をめぐらす女性、というけっこう難しい役を演じている。なかなかの貫禄。ところが、皇后がそんなにも頑張って守ろうとする皇太子という人がこれまた原型ハムレットのヘタレ具合だけはしっかり受け継いで、皇后の気持ちなど全くわかっていない内省的な青年ときた。彼は傷心のあまり風見鶏宰相の娘の純粋さに心惹かれ、二人は恋人同士となる。皇后がものすごい目つきでオフィーリアにあたるこの少女をなぶるシーンはとても怖かった。
ガートルードとハムレットの母子関係を断絶してしまったこの翻案劇では、原作以上にハムレットとオフィーリアの恋の悲劇性が強調されていた気がする。とりわけ、オフィーリアにあたるチンニー役を演じる女優さん(ジョウ・シュン)がとっても可憐で可愛いひとなので、イメージぴったり。武侠映画のお国柄が抜けないのか、皇后まで剣を振るうわ馬にのってポロみたいな玉遊びに興じたりするので、非力な彼女の健気さが余計際立つのだ。原作では、優柔不断な青白いハムレットがオフィーリアの葬式で「私はオフィーリアを愛していた!」とレアティーズ(オフィーリアの兄)に激高して叫ぶところに、私は毎度ケッと思ってしまうのだが、この映画の二人に関してはすんなり信じられる。まぁ、そのぶん皇后の想いも空振りになるのは哀れだが……哀れと言えば新帝のほうがもっと哀れか。
ハムレットものというと、私はジョン・アップダイクの小説「ガートルードとクローディアス」で描かれた二人の関係がとても好きなので、この皇后にも二人(三人か)の男を愛してしまった女のたぷたぷしたエロスを見たかったなと、チャン・ツィイーの若々しく張りつめた顔を見ながら少し残念に思った。最後に彼女の視線の先にいたのは誰だろう……内監官(?だったっけな。宦官のボス)あたりとみたが。