豆の山

クールなハゲと美女愛好家。家事育児パートに疲弊しつつ時の過ぎゆくままなる日々雑感をだらだら書いています。ナナメな王家ファン。

 ある悲劇


土曜の夜、私はウォーターフロントの某シネコンで異星を旅行中であった。
最後のクライマックス、しつこいラスボスをぶちのめすべく闘うヒーロー(及びその恋人)をはらはら見守りつつ手に汗握っていると、膝上でいきなりバイブの振動がッ。
ぬかったわーーーーーー!
ギリギリにかけこんだので、マナーモードにしたかどうか確認しておかなかった。
一瞬ギョッとしたが、幸いバイブだけで、しかも丁度大音響シーンだったこともあり、誰にも気づかれることはなくすぐに振動は止んだ。
心当たりはないので、まぁ、どうせ大した用事ではあるまいとたかをくくり、最後のクレジットまで観終わって、ロビーで携帯を確かめると、母から着信と留守伝が入っていた。

いちおう再生してみると、驚いたことにほとんど泣き声の、返信すぐお願いという母の伝言が入っている。

何となくイヤァな予感がするのを払いのけつつ、電話をかけた。
母は直ぐに出た。
しかしまたしても涙声である。
どうしたのか、と尋ねると「ものすごくショックなことがあったんよ〜〜」と電話口で縷々語り始めた。

「カレーをね、今食べようと思って温めてたの」

「はぁ、カレー? ああ、あの昨日作ったっていう中村屋のやつ?」

「そうあのチキンカレー」

最近、我が家では新宿中村屋レシピのチキンカレーがブームになっており、暇な人は、たっぷりバターで炒めたたまねぎとスパイスで丁寧に作っているんである。ギョッとするほどバターを入れるが、確かに出来上がりのはめちゃくちゃ美味しい。最初にそれを作って広めたのは私であるが、まあそれは措く。


「で、チキンカレーのどこがショックなの?」
「そうじゃないの、食べようと思って一口噛んだら骨があって、前歯がポキンと折れたの〜顔の真ん中よ!どうしよう〜週明けから仕事なのに、ものすごいマヌケな顔になっちゃった〜」


これ聴いたとたん、私はロビーで爆笑してしまった。
まさに鬼娘。

しかし母の動揺っぷりは激しく、諄々と話を聞きだし、落ち着かせるまでにかなりの時間を要した。
まあ、要するに、折れたといっても自前の歯ではなく、娘時代(三十数年前)に治療した被せの部分がチキンカレーのルーのなかに混ざっていた骨片に運悪く当たって外れた、ということらしいのだった。
私も聴いた時は、一瞬、薬の副作用で歯が脆くなっていたのか?とギョッとしたが、よく考えたら、子どもの頃母の前歯は差し歯だと聴いた覚えがある。母に問い質すと、あら?そうだったわね、と段々落ち着いて話が出来るようになっていった。仕事中はマスクしてればいいのだ、この時期誰も不思議に思わないし、食事の時は1人で食べればいいじゃんと慰めているうち、私は笑いを堪えることができずに思わず言ってしまう。
「写メール送ってね?」
「ひどい(怒)」
かかりつけの歯科が日曜も診察している記憶があったので、それを伝え、朝一番で予約して看てもらいなさいというところでなんとか、電話を切ることができた。


母よ。ショックはわかるが、いちいち深刻に考えるのはやめたまえ。
悲劇的出来事ってのも、他人からすると喜劇だったりすることもあるのだ。
だって凶器がチキンカレーって・・・



(後日談)
朝一番で歯医者に駆け込み、新しい仮の前歯を嵌めて事なきを得たとのこと。
いちおう本格的に土台から直さなければならないらしいが、セラミックの歯を入れて、何とか元の顔には戻れるそうだ。