豆の山

クールなハゲと美女愛好家。家事育児パートに疲弊しつつ時の過ぎゆくままなる日々雑感をだらだら書いています。ナナメな王家ファン。

 2005年11月号プリンセス連載分 

王家の紋章 (9)10月7日に発売になった文庫最新刊の表紙はこんなかんじらしい。表紙に使われているイラストのオリジナル、つまりルーブル美術館にあるペルシア時代の壁画(「ダリウスの射手」とかいうらしい)の実物は、展覧会に出品された時に上野でみた事がある私だが、うわぁ細川センセの絵と同じだぁ…(ホントに!)と驚いたものだ。今でも微妙な彩色が残っていて、思っていた以上に美しく、何ともいえない威厳を漂わせていた。

そんなわけで、「王家の紋章」というマンガは、ワタシに古代オリエント世界への興味の扉を開いてくれた作品といえるものであり、多少(多少か?)の難はスルーできる…できる…できるぞきっと…たとえ絵がド昭和だろうが、ヒロイン(というよりほとんどのキャラ)がお子チャマだろうが、内容が未来永劫ループしていようが、近年更に収拾がつかなくなっている気配濃厚だろうが…書いていて虚しくないのか自分。

私もいい加減足を洗いたいよぅ。

とかいいながら、今月も買って→書いてしまったネタバレあらすじ&私の愚痴雑感は以下別項。



【今月のネタバレあらすじ】

・突如ユーフラテス河畔一帯に降り始めた豪雨は止む気配なし。
・イズミル王子たちが潜む洞窟前では、ジダンタシュも雨で動けない。
・廃神殿で雨宿り中のメンフィスたちも豪雨で足止め中。
・と、ここでなぜか舞台は隣国アッシリアへ飛ぶ。大放火魔アルゴン王はさっさと居城に帰り着き(早ッ!)手勢を集めてKILLメンフィス!アイルビーバック!と意気揚々。
・王弟が兄の暴挙を諌めるが、いつもの如く鼻にも引っ掛けられない。睨まれて口篭るシャル殿下。
・勿論、美少年大好きなジャマリの「お美しいメンフィスさまが〜」はお約束。
・その頃、洞窟内で容態安定してきたキャロルは異音を耳に捕える。
・ここは涸れ谷…外は豪雨…ということはッ!!!
・「濁流が来るぞーー!」と真っ青になるハサンとイズミル王子
・でも遅かった!外は既に濁流がぁ〜脱出ぞーーと王子
・避難中のドサクサに紛れてハサンがキャロルを抱いて逃げようとするが、キャロルレーダー装備の王子に見つかり殺されかける。
・だが黙っちゃいないキャロルが立ちはだかる(何度目じゃこのシチュエーション)
・そこへ怒涛の奔流が流れ込み、皆が巻き込まれるぅぅ〜〜
・流されるキャロルを引っつかんだ王子、抱きしめて離す気配なし(病人を救命具かなんかとカン違いしてないか?)
・濁流に巻き込まれてゆく二人はどこへ・・・・
・「む、なぜか息苦しい」とメンフィス王の大見得カット。

→続きは休載ひと月挟んで1月号(12月発売)



【今月のお言葉】

「わたしとしたことが・・・・なんとうかつであった!」
*1

【今月もつらつら】
心配ご無用、プリンス・オブ・ウカツ、じゃなかったプリンス・オブ・ヒッタイト
ウカツ属性は王家キャラの宿命だから。 

それにしても天変地異ネタ続くね。近年ミョ〜に自然災害が多い世情の反映なのか?
流されて…っていう映画があったはずだけど、このまま王子とキャロルはアラビア湾でもシリアのダムでも死海でも地中海でも流されてくれ。そして2人して記憶喪失になって青い珊瑚礁でも何でもしててくれ。イリスの島編再びでいいよ(号泣)

と、こう↑呟いたくらい今月展開は凹んだ。
まさしく「息もつかせぬ急展開」だろうと描き手は言わせたいのだろうが、頼みのジダンタシュが雨に竦んで獲物を逃がし、私はいささかフテ気味なのである。肝っ玉母さんウリアには惚れ惚れするけど。あの女人が何をどうやったらイズミル王子と血縁アリになるんだろう。見果てぬ夢を追う性分は似てるかもしれんが…ああ、ジダンタシュ妄想話に凝らなくて本当に良かったワ。
内容はともかく、大女神イシュタルが君臨する地で大雨、かの女神の手には雨を齎す壺がひとつ、っていう最初のイラストは好き。

そして、来月は恒例の休載らしいが、つなぎに何と!
「まぼろしの花嫁」別冊付録84ページがついてくるという。
よりによって、あの「まぼろしの花嫁」を持ってこなくても…プリンセス編集部。
今夏に古書で「まぼろしの花嫁」も収録されている「細川知栄子自選集 春の日に愛を」を捕獲したばかりの私は、複雑な気分だ。初出1972年のマンガだぞ?18年ぶりくらいに読んだが、あいかわらずぶっ飛ぶほどの細川テイストだった。「王家の紋章」の原点となった記念碑的マンガ!と宣伝コピー飛ばしまくってるのを見て苦笑いせずにはいられない。アレは絵が初期王家よりもっと昭和風味なんだけどなぁ。。。過去に「永遠に愛を…」「久遠の流れに…<王家の紋章番外編>」を付録に出したんだから、今度付録が出るのなら、それは「伯爵令嬢 」だろうと思っていたんだけどな。19世紀末のパリを舞台にした、孤児の少女コリンヌ(実は伯爵家の娘)が主人公の物語。ロマンとスリルに溢れていてラストまで面白く、何と言っても12巻で完結しているので安心して読める、マジメな顔でオススメしちゃう傑作なのになぁ。このあいだ、その「細川知栄子自選集 春の日に愛を」を読んでいて気づいたのだが(遅いわ)、私は細川マンガのヒロインがどうも好きじゃない。悪い娘じゃないのだが、カン違い入ったお転婆系、じゃなきゃワタシは悲劇のヒロイン系、自分の感情から離れようとしないタイプが多いんじゃなかろうか(まぁ私がどうこう言える義理じゃないのだが)。例外は初期のキャロルとコリンヌくらいかもしれない。最近どっちも読んでないので、これも確かではないのだが。



ここで話は変わって、少しマジネタを書いてみたい。
今月凹みネタその2。
長いし、これは内容以前に、<おしゃべりタイム>絡みの話なので、ご興味ない向きは読み飛ばして欲しい。

<おしゃべりタイム>をご存知だろうか。
それは、「王家の紋章」の単行本を一度でも御覧になった方ならお気づきであろう、毎月の連載のうち普通は4ページ分の原稿下1/3のスペースを割いて載っているアレである。作者に送られてきたファンレターのなかから、どういう選択基準があるのかわからないが、数通がピックアップされ、内容の一部分が細川センセ(と思われる)直筆で転写されている。達筆すぎて読めねぇ〜という意見もあるが、確かに一種独特のスペースだ。バレンタインの時期には熱いラブメッセージがすらりと載るし、ファンから贈られた各種プレゼントリストがお礼代わりか載っていたりする。読み慣れると、ファンの萌え語りや愛トークはけっこう面白かったりするので、私は大体あそこも読むことにしている(要するにネタが欲しいと?)。

が、ファンレターというやつは熱いといえば耳あたりは良いが、時々、それはどうかと思われるような内容の物が載ったりするのが困り物なんだな。

例えば
「○○ファン死ねーーーーー!」だの
「殺せーー」だの
「〜ファンの皆、一緒に○○を殺そうーーーー!!」だの
「○○って思っているやつ、ハゲタカのエサになっちまえ」だの
「キャロルがまたメンフィスの子を妊娠したとしても流産するに決まっています」だの
「明らかに先生の真似をした某作品のこと(中略)プロとしてのプライドとか人としての良識はないのでしょうか」だの…



いい加減にしてくれと言いたい。
最近、強く、強くそう思う。
例えば、某匿名掲示板の作品スレでこれらを目にするのなら、そういう場だと認識した上で読んだのは自分だから諦める。華麗にスルーできる。だが、フツーにマンガを読もうと買った本のなかで、なんでこんなアホ丸出しのガキのウワゴトを読まされなきゃならんのだ?私はマンガに笑いと感動を求めているが、欄外で萎えさせられるとたまらなく効く。以前の<おしゃべりタイム>には、「王家の紋章」にどれほど入れ込んでしまったかという無邪気なファンの愛トークが大部分だったのに、近年(ワタシがネットでレビューを書き始めてからとしても4年くらいか)溜息をつきたくなるような内容のものが麗々しく載る。特定キャラのファン同志のいがみ合いというか、<おしゃべりタイム>の暴言レターを読んで頭に血が上った挙句反論書いて送る奇特な人がいるのだ。そして、それをまたなぜか作者がご丁寧に載せたり。

百歩譲って、ファンが熱い想いを作者に書き送るのは、個人の自由だとしても。
そして作者もプロである以上そうした類の反応だって覚悟されていることと思う。
当初<おしゃべりタイム>がどういう形で始まったのか、私は知らないのだが、作者はあのスペースを近年悪い方向に変質させてしまった気がして仕方がない。
ファンの交流スペースに見えるが、実態は作者のスペース以外の何物でもない。
あそこは討論場ではありえない。
なぜなら、参加者には事実上「参加表明」「離脱選択」「弁明」の余地がなく、
参加ルール自体も不明確で、端的に言って―――フェアではないからだ。

あのような物議を醸すに決まっている内容のファンレターを平然と転載する作者の見識を私は心底疑う。
頭に血が昇ったファンのうわ言を満天下に垂れ流して、あなたは何を代弁させるおつもりか?
たとえそのつもりでなくても、編集責任者は作者なのだから私はそう理解する。
プロとしてのプライドはおありかと問い質したくなる。

だいたい何らかのファンというものは、総じて痛いものだ。
私自身、バリバリの痛いファンだという自覚はある。
過去、細川センセに痛いファンレターだって書いたさね(そして絶賛した部分だけが載った…)。
あの経験は私の若気の至りというか、青春の赤っ恥ということで納得はしている。私と同様に、何年経っても、あそこに頭に血が昇った自分のアホ文を見出す人が少なからずいるのだろうと考えてわずかに心慰める。

だが、それでも、私には今月の<おしゃべりタイム>は耐え難いものがあった。
なかの一つ、私の大好きなキャラに害をなす○○を殺せ、殺せ!何が何でも殺されなきゃならない!と叫びまくる内容は吐き気さえ覚えた。

これを書いた主がどのキャラが大好き大好きでたまらなくてもいい。
そしてそのキャラに仇する誰を殺したいほど嫌いでもいい。
自分のご贔屓のキャラを愛でるあまり、敵対キャラを蔑んで恥じないご姿勢も本人の自由。
ええ、だからこそ、現実に流産を体験したことのある女性が読んでどう感じるかも考えもせず「流産するに決まっている」などとのたまえるのだろうが、それだって作者に対してだけならいくらでも書き送っていい。「王家の紋章」は今月終わりでいいと言ったら、終わって欲しくないらしいあの方にはシメられそうだが、それは見解の相違。文句があるならカルナックへどうぞ。
夢と現実の区別がつかない性分は私も同じだし、どんなキャラでも愛す「べき」という理屈を強制されるのは私だって嫌だ。
私は王家ファンだが、少なくとも王家は生きている社会ではありえない。
むしろあんなのが現実になくてホッとする。
架空だからこそ、愛し、涙し、応援することができるんじゃないの。

でも、細川センセ、もうこんな毒のあるファンレターは私に見せないでくれませんか。
辛いから。
本編読みたくなくなっちゃうから。
ホントお願いします。

個人情報保護法施行以降、プリンセス誌内にも小さく“細川先生へのお便りは「王家の紋章」作品中<おしゃべりタイム>に掲載される場合があります。またコミックスや文庫等に転載される場合がありますので、ご了承下さい。それ以外の目的には使用いたしません。匿名希望の方はペンネームを付記して下さい。掲載を希望されない場合は、その旨お書き下さい”なんて案内文が掲載されるようになった。今更なお断り以前に、<おしゃべりタイム>がまだあの形で続くのかと思うと私の目の前が暗くなる。それもこれも私がインターネットの世界に馴染んでしまったせいだろうか。
インターネットは確かに一長一短あるものだが、各所で目にしたファンの率直な意見の数々は、私の目を開いてくれたし、このブログ内では私は自分の発言に責任を負って好きなように書ける。それだけは感謝していいと心底思う。

こうなると一ヶ月の休載はイシュタルの惠かもしれないね。

*1:イズミル王子