豆の山

クールなハゲと美女愛好家。家事育児パートに疲弊しつつ時の過ぎゆくままなる日々雑感をだらだら書いています。ナナメな王家ファン。

第3章 初めてのオーストリイ編(1巻)

1.麗しのフォンテーヌ城


思いがけず、ジュリオの故郷を訪問することになった朝子たち。
ジュリオが生まれて今日まで育ったオーストリイ王国は、丘の上にある王宮フォンテーヌ城を囲むようにして町が裾野に広がる美しい小国である。ジュリオは、さっそく朝子の手をとってフォンテーヌ城へ案内し、乳母マヤにひきあわせる。皇太子が連れてきた日本人の少女の噂は、あっという間に王宮中を席巻した。
その夜、ジュリオとともに庭園を散歩する朝子は、美しいこの国で過ごす1ヶ月の想い出は、こののち決して忘れないでしょうと感激の面持ちで語るのだが、皇太子は彼女を帰すつもりはないという。この国をすきになって、いつまでも僕のそばにいて、そしていつか僕の花嫁になってほしいと激しく求愛し、絶対に日本へは帰さないと朝子を抱きしめるのだった。しかし当の朝子はジュリオの一途な愛情を嬉しくおもいながらも、何の後ろ盾も持たない自分の境遇を良く知るがゆえに、到底かなわぬ夢だと悲しく諦めてもいる。
皇太子の一日本人少女に対する熱愛ぶりは、はやくも王宮ゴシップの中心になっていたが、次なる最大の噂といえば、恋愛にうつつを抜かす息子に業を煮やした国王が、息子のお見合いのため招いたというギリシアの王女のこと。年は19歳、黒髪の気品あるすばらしい美少女だそうですよ…と。

翌朝、何も知らぬ朝子とジュリオは朝食をともにし、今日から国中を案内してあげるからねと語るジュリオと楽しげに計画を立てていた。と、そこへ父王からの呼び出しがあり、ジュリオは中座。このとき遠目に朝子を観察していた国王は、苦々しげに必ず二人を別れさせよと王妃に命じるのだった。
ほどなく顔を見せたジュリオに対して、国王はもうすぐ到着する客人の接待を申しつける。
相手はギリシアの王女オリビア姫で、一ヶ月の訪問予定であるから、その間ずっとお相手するようにとの父王の言葉。寝耳に水の縁談話に驚いたジュリオは、今日から朝子を案内しなければならないからと断ろうとするが、これが逆に父王の逆鱗に触れてしまう。貿易で長い間ギリシアの世話になってきたオーストリィにとって、ギリシアとの絆は何よりも大事にしなければならない、皇太子なら国のことを考えよと厳しく叱責され、ジュリオは逆らえなくなってしまった。
そして、ついにオリビア王女がフォンテーヌ城に到着する。出迎えた皇太子のりりしい顔を一目見るなり、王女は即座に恋に落ちてしまった。その夜は王女歓迎の晩餐会が開催され、ジュリオの傍らに座る王女は幸せ一杯なのだが、当の皇太子が一日じゅう朝子に会えなかったことを不満におもっていることなど知る由もない。そして、不満におもうのは、この夜の晩餐会に出席していたマリウス公とて同じであった。国外での皇太子暗殺計画が不首尾に終わったことで、人目のある国内では皇太子の命を狙い難くなってしまったからである。そそくさと王宮を引き上げるマリウス公だったが、そのとき、公と一緒に来ていた養い子のレナンドがちらりと見かけた朝子に心奪われてしまう。

一方、朝子の部屋。
弟しげるは、ジュリオが国内を案内する約束をすっぽかしたことにおかんむりだが、朝子は客人のお相手は皇太子の務めなのよと慰める。そんな様子を見たジュリオの乳母マヤが、朝子にお願いがあると話しかけてきた。
マヤが語るには、ジュリオは4歳のときから皇太子としての教育が始まり、1時間刻みの規則正しいスケジュールに沿った生活を送ってきたという。父王も母王妃も厳しいひとたちなので、ジュリオに自由な時間などなく、成長するにつれてだんだんと暗い顔をするようになってしまったジュリオを見かねて、自分がローマ留学をお勧めしたのだ、と。ローマであなたにお会いになったジュリオ様は、見違えるように明るくなられた、あんな楽しそうなご様子は初めてみます。朝子さま、ジュリオ様にはあなたが必要です。どうかこのままジュリオ様のお傍にいてくださいまし、と哀願するマヤの表情や、どこからか漏れ聞えてくるパーティのざわめきをぼんやり見ていると、朝子の胸の奥に、ジュリオの生活には表面は幸せそうでも愛が、あたたかく優しい愛がないのねと寂しさが湧き上がってくるのだった。

気分を変えようと外に散歩に出た朝子は、ジュリオと笑いさざめく美しいギリシアの王女の姿を見てしまう。何の屈託もない王女を黙って見送る朝子だったが、そのとき背後からだれかの手が伸びてきて、口を塞がれてしまう。
懸命に振りほどくと、目の前に立つのは、きちんとした礼服は着ているが、ぬぼーっとした風貌でどこか幼さを感じる青年だった。マリウス公の養い子レナンドである。
誰何する朝子に対し、彼はうっとり表情のまま名乗るのだった。
「き…きれいだなあ…ぼく…レナンド」
さてはこの青年がマリウス公が育てているという、“すこし頭がよわい人”なのかと驚く朝子。逃げようとする朝子の腕を掴んだレナンドの力は恐ろしく強く、朝子は恐怖する。だが、朝子の怯えなど少しも気づかないらしいレナンドは、きれいだ、かわいいなぁ、大好きになっちゃったと熱に浮かされたように話しかけ「決めたぞ。ぼくもうすぐ皇太子になるんだ。そしたら、朝子を僕のお嫁さんにするっ」と口走り、「皇太子はジュリオ一人よ」と朝子が思わず問い返すと、レナンドは「ジュリオはもう直ぐ死ぬ。マリウス公がそういった。そしたら僕を皇太子にしてやるって、これは秘密だよ」と無邪気な返事。彼は恐怖に竦んでしまった朝子にはまるで頓着することなく「みんなはぼくをバカにするけど、朝子はしないね。ねっ ぼくが皇太子になる日まで待っていてくれるね。僕は朝子を花嫁にするんだっ 朝子、約束だよ。約束だよ」と言い募る。朝子、ますます顔面蒼白で物もいえない。
そこへ、レナンドを捜すマリウス公が通りかかり、朝子たちを見つける。公は朝子を無言で睨みつけ、レナンドを連れ帰る。
ジュリオの命を狙っている一味の首魁と初めて対面し、朝子は改めてジュリオの孤独に気づくのだった。
ジュリオは皇太子なのに幸せじゃない。
ジュリオのまわりには黒いたくらみが渦巻いているのね。
厳しく愛のない国王や王妃の傍で、国の義務におわれ おそろしいキケンにとりまかれて
ジュリオは少しも幸せじゃないのね

そこへ、ジュリオが帰ってくる。朝子は不安に駆られるまま衝動的に彼に抱きつき、マリウス公が命を狙っているから気をつけてと哀訴する。ジュリオは笑いながら聞き流すが、それほどまでに自分の身を心配してくれるのかと思うと、朝子がまた愛おしくなるのである。ここでジュリオは明日から一週間、父王の命令でエレナ島へオリビア姫を案内しなければならなくなったと朝子に告げる。朝子は皇太子の務めだからと、二人が今朝交わした約束のことなど気にしていないのだが、ジュリオは明日改めて父王に二人の交際を認めてくれるよう頼むつもりだと慰めるのだった。明るい太陽の下、どうどうと君の手をとって 町を歩きたい、明るい未来に向かって!と目を輝かせるジュリオの気持ちを嬉しく思いながらも、やはり朝子はそこまで楽天的にはなれないのだった。
夜はふけてゆき、時ならぬ季節風がひょうひょうと吹き荒れはじめ、乳母マヤの心も不安に騒ぐ。
しかし、同じ嵐すら、恋する乙女には進軍ラッパのように心強く聞えるものらしい。オーストリィ訪問一日めを終え、床につこうとしているオリビア王女は、今日出会った未来の夫の面影に胸震わせながら、近い将来叶うであろう結婚の夢に酔っていた……。

⇒2.ジュリオの縁談へ続く