豆の山

クールなハゲと美女愛好家。家事育児パートに疲弊しつつ時の過ぎゆくままなる日々雑感をだらだら書いています。ナナメな王家ファン。

第4章 再びの帰京 傷心編

1.姉弟二人
 
1970年夏。
朝子としげると乗せた飛行機が大阪国際空港に到着したその頃、日本は大阪万国博覧会祝賀ムード一色に包まれていた。
二人を日本まで送り届ける役目を仰せつかったのが王室護衛官であるカール青年。王妃の命令とはいえ、無力な少女に対する無慈悲なやり方には彼自身、内心で葛藤を抱えていた。彼は朝子に王妃から預かった手切れ金を渡そうとするが、朝子は断固として拒絶する。しかし、父を早くに亡くし、半年前に母もまた亡くした朝子姉弟には、このときろくな所持金も帰る家も無いのだった。途方にくれた二人を見かねたカールは個人的に力になろうと申し出、渋る二人を伴い万博会場のオーストリイ館へ向かう。
オーストリイ館は、ガラス製品を一面に使いお城の形をしたパビリオンで、その美しさと館内に飾られた華麗な王室の肖像写真により、入場者の間でも大人気を博していた。朝子はジュリオ皇太子の写真を目にして、わたしを忘れないで、時々は思い出してねと涙に咽ぶのだった。腕白坊主のしげるまで泣き出したことで我に返った朝子は、東京に帰って仕事を探さなきゃと哀しみから立ち直るのだった。東京に帰ると言い張る朝子に根負けしたカールは、東京までの交通費にと押し付けるようにして自分のポケットマネーを渡し、東京の住所が決まったら教えてくださいと念を押す。旅立つ朝子の背中に向かって、ミス朝子、いつか君に会いに行きますと熱い視線を送るカール。
東京へ向かおうとしていた朝子は、会場内で偶然にも知り人に会う。高校の同級生であり、同じくローマに短期留学した山田亜季だ。大企業の社長令嬢である彼女は、父親の会社のパビリオンを見物するため大阪に来ていたのだった。朝子が帰京するところだと知った亜季は、一緒に新幹線で帰ろうと誘う。帰り道すがらオーストリイでの顛末を朝子から聞き出した亜季は、私なら貧乏なあなたと違って王妃様にも気に入られたかもねと相変わらずの自信家ぶりを披露。挙句、東京で働くところがなければパパに頼んでメードに雇ってあげるわよと言い出すに至り、怒り心頭に発したしげるから、蛙攻撃の散々な目に会うのだった。
そうこうしているうちに、朝子たちは無事東京に到着。

その頃、母によって朝子を突然奪われたジュリオは国務に追われていた。
いかに公務が激務であろうと耐えてみせるが、朝子が傍にいないのはつらい……と漏らすジュリオの弱音を聞き、総理大臣フランツは力になりたいと思う。
この日、レナンドが先日仲良くなったしげると遊ぼうと王宮に虫籠を携えてやってきた。しかし、召使たちから朝子としげるが王妃の命令で日本に帰されたと聞かされたレナンドは大激怒。側近の制止を振り切って王妃の私室に怒鳴り込む。
「ぼくに朝子をくれるといったのに、王妃さまは嘘つきだ!」と逆上レナンドに詰られた王妃は、冷静に対処。レナンドが日本に朝子を探しに行きたいというのなら、いっそ探しに行かせてそのまま結婚させてしまえばよいと企む。勿論、ジュリオにはレナンドの来日は秘密にしておかねばならない。王妃は日本にいるカール護衛官に宛ててレナンドの朝子捜索に協力するようにと指令をしたためると、その手紙をレナンドに渡し、3日後に王宮で催されるオリビア王女の恢復祝いに紛れて出発するようにとまで助言を与える。無邪気なレナンドは、王妃の好意に喜び勇んで帰途につくのだった。
その頃、東京で朝子は家賃一万円の4畳半のアパートを見つけ、しげるとの新生活をスタートさせていた。新聞でイラストレーター募集の広告を目に留めた朝子は、この一年間あまりにもいろんなことがありすぎて忘れかけていた絵への情熱を取り戻す。好きな絵の仕事が出来ればと、弟とともに新宿にある「アトリエ藤」に出向くが、ついさっき採用者が決定したと聞かされ大いに落胆。しかし、しげるが担当者にかけた泣き落としが効を奏し、雑役係として雇ってもらえることになった。明日からは、しばらくジュリオのことは胸のなかにしまい、一生懸命働いて、合間に忘れていた絵を描こう。大好きな絵を描こう!と朝子は張り切るのだった。

その頃、オーストリイの王城フォンテーヌでは、賓客オリビア姫の全快祝いの舞踏会が開催されていた。王女がジュリオと仲睦まじくワルツを踊る姿を見て、宮廷人たちは早くも婚約かと噂をするが、当のジュリオの心の中は引き離された朝子への想いで一杯なのだった。
ぼくはなぜ皇太子なんかに生まれたんだろう。
皇太子であるがために 朝子…きみのことが心配でたまらないのに日本へ行くこともできない。朝子 君のことが心配だ。待っていてくれ ぼくはかならず日本へ行く!
ぼくがこの世で愛しているのはきみ一人。
この愛は 永遠に変わらない 朝子。

――そのとき、王城の上を日本へ向かって飛ぶ一機のジェット機があった!

乗っているのは、王妃から恋情に油を注がれた火の玉レナンド君である。
彼は燃えていた。
朝子二十時間で日本につくぞ!今度見つけたらもう離さないぞ 朝子――――っ!

そんなことは露知らぬ朝子は、新しい勤め先「アトリエ藤」でキリキリ頑張っていた。
夏休みがまだ残っている弟しげるも姉を心配して毎日くっついてくる。そんなしげるといい勝負なのが、朝子とタッチの差で採用されたイラストレーター、前田しず子嬢だ。彼女は才能溢れるやり手だが、何かにつけイラストクラブ賞受賞者であることを誇示したがる、かなりナルシスティックな性格の持ち主。加えて、雑役係の朝子をやたらこきつかっては、姉想いのしげるの憤激を誘い、しげるとしず子嬢は連日犬も食わないバトルを繰り広げているのだった。こうして勤労少女朝子の毎日はとりあえず平穏に過ぎてゆく……。

そうこうしているうちに、ついにレナンドが大阪国際空港に到着してしまった。
レナンドは王妃の指示通り、万博会場のオーストリイ館にいる王室護衛官カールの元を訪ね、王妃の手紙を渡す。レナンドが朝子を探すのは、自分の花嫁にするためだと知り、王妃の冷徹な意図を察知したカールは戦慄する。そこへ何も知らぬ朝子から、約束どおりカールへ住所が決まったことを知らせる電話がかかってくる。レナンドの手前、慌てて切ってしまったカールだったが、そんな態度がかえって不審を招いてしまうのだった。

一方、オーストリイでは朝子の帰国以来、ジュリオの様子が以前のように陰鬱になってしまったことにマヤとフランツは心を痛めていた。
そんなとき、召使の噂話から、ジュリオはレナンドが朝子に横恋慕するあまり日本へ彼女を探しに出発したと知り蒼白になる。レナンドに朝子がつかまったらどうされるかわからないと動揺したジュリオは、母と側近の制止を振り切って日本へ発つことを決意した。

毎日忙しく働いている朝子だったが、ある日、TVニュースで明日オーストリイ国王の名代として皇太子が万博を訪問すると聞いて驚く。何としてもジュリオに会いたいと思いつめた朝子は、上司に懇願して明日一日だけ休暇をもらう。そして朝一番にしげるとともに新幹線に飛び乗って大阪に向かった。
ジュリオに会いたい
でも、ジュリオはもう朝子のことを忘れているかもしれない……

朝子の心は揺れに揺れた。

⇒「2.大阪万博の変」 へ続く。